「共働き夫婦の子育てをどう支援するか」

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中野由美子(目白学園女子短期大学教授)

仕事と子育ての両立支援としての延長保育  

少子社会での家庭支援に向けて、国や行政は、保育サービスの多様化、父親の育児参加や子育てのネットワーク化を支援する体制の整備を急ぎつつあります。5年前から実施されている十カ年計画の子育て支援策「エンゼルプラン」の前半5年間は、仕事と子育ての両立支援、延長保育による親の就労支援が中心でした。平成11年度末には、9000ケ所の保育所で、7時ころまでの延長保育が定着する予定です。同時に、待機児が解消されない低年齢児保育の拡大や病児保育施設の設置、学童保育所の定着などがこれからの課題になっています。
その一方で、身体の動きがぎこちない、生活リズムが定着していない、食事についての悩みが多いなど、生物としての子どもの行動が変わってきているという報告や、周りの子どもへの関心が低い、集団保育が成り立たない、学級崩壊につながる予兆があるなど、社会的な存在としての子どもの変化を心配する声も聞かれます。子どもの変化の背景には親の変化、社会の変化があるわけですが、「親の子育てを見ていると予想できないようなことが起こる」「親にどういえば理解してもらえるか悩む」など、保育者たちは最近の親子に、今までにない質的な違和感を抱き始めているようです。
 

保育士から見た延長保育「保育者たちの調査から」

このような状況を確かめるために、平成11年7月、私たちは、横浜市とその周辺地域で、園の責任者と保育者にアンケート調査を実施し、約436人からの協力を得ました(保育所179人、幼稚園165人、保育ボランティア92人)。園での子どもの様子や親の子育てのしかた、保育者の家庭支援の現状を中心に調査し、延長保育についても自由記述をお願いしました。
ここでは、保育者たちが延長保育拡大の影響をどのように感じているのか、生の意見を紹介しながら、共働き夫婦の子育て支援について考えてみましょう(調査した保育所の延長保育は夕方6時30分~7時が多く、その実施率は68%でしたが、97%が今後の増加を予想していました)。
 

子どもにとっての延長保育

子どもにとってのプラス点は、「遊び場があり、異年齢の友達がいつもいる」「4歳以上には問題が少ない」であり、ついで、「二重、三重保育から解放される」「母親に時間的な余裕ができストレス発散になるので、子どもにやさしくなれる」「密着している親子関係にはよい」などでした。
マイナス点としては、心身への負担(とくに0~2歳の低年齢児)を心配しており、「生活リズムが夜型になり、疲労が取れないのか昼間ボーッとしている」「親子接触時間が減り、親との一対一のスキンシップや甘えの充足が不十分になりがち」「集団生活が長引き緊張が続き、リラックスする時間の減少が、体の疲れと心の欲求不満につながっている」などの意見が大勢でした。保育士たちは、家庭的な雰囲気の部屋づくりや保育内容の確保、親代わりの役割に配慮して、延長保育に対応しようとしていました。
 

親にとっての延長保育

親にとってのプラス点は、「送迎時間を気にせず、仕事に専念できる」「時間的に余裕ができる」などですが、「かえって家庭に帰ってからの忙しさが増すので、母親の健康への心配や家事負担感が増えるのではないか」というような、母親と同じく働く女性の視点からの保育士の意見はかなり厳しいものがあり、マイナス点の指摘が多いことに驚かされました。
「園は家庭には代われない。家庭が寝るだけの場ではおかしい」「延長保育が、親の労働時間の増加でしかなく、親子の接触時間の減少とその内容の貧しさにつながっているのではないか」という危惧、「親の時間の余裕が、子育ての余裕につながるのか」「子どもの世話は他人任せでよいのか」という懐疑、「親が楽するほど、子どもの育ちは悪くなっていく」「必要がないのに預ける親もいる」などの親への批判、「子どもの成長過程を親が知らないままでいいのか」「親の子育て心を萎えさせる」「親が大人として育っていけなくなるのではないか」などの親の成熟を心配する声、さらには、「親が楽をするだけの支援の手伝いはしたくない」「長時間預かることが支援だとは思えない」「保育所ではしかたがないが、幼稚園ではしてはいけないと思う」など、保育士自身の自己葛藤も見られました。
延長保育の直接の担当者となることが多い独身や未婚の保育士の中には、「女性も働く時代だからしかたがない」「親子関係は内容と密度の問題。親がしっかりしていれば心配ない」「子どもも小さい時から、自立してしっかりするようになることが大切」「親と保育士との話す機会が増え、親の気持ちを理解できるようになった」など、少数ながら前向きに受け取る意見も見られました。
 

保育士から見た延長保育

しかしそれ以上に、延長保育は、「子どものためよりも、親のためでしかない」「長期的に見て、本当の子育て支援になるのか疑問に思う。親が子育てに喜びを感じ、親自身が苦労して親子の絆をつくることが親子の将来にとって最も大事なこと。子育て支援が、子育て放棄につながらないか胸を痛めている」「親が仕事と子育ての両立にイライラしている。預けっぱなしの親、行事に参加しない親、無反応な親が多い。親の関心、親からの感謝の気持ち、親の子育ての意欲があれば応じる態勢はあるが、保育者としての意欲がなくなる現状である」など、現状への懐疑的な意見が多いのが事実です。
総論は、「延長保育が子育て支援という短絡的な考え方ではなく、育児そのものを喜びと感じることができる風潮がほしい。上の世代が若い世代を受け入れる力がなくなりつつあるいま、若い人たちが育児に関心をもてるような世代間交流を考えていきたい」、そのためには、「延長保育よりも、幼い子どもをもつ親の労働時間の短縮、母親の再就職や労働保障制度をつくることが先決。保育所では、乳幼児期の親子関係づくりにマイナスにならないような、そんな親子の絆づくりの支援をしていきたいと思う」という意見に集約されるといえましょう。
 

家庭支援者である保育士たちの新しい役割

この調査の保育士の86%は、「保育士は子どもの保育だけをすればよいと思う」とは思っておらず、78%が「不足している親子のかかわりを援助することは、保育士の役目であると思う」と答えています(幼稚園で60%、保育ボランティアで78%)。また、「保育士が親の子育てに介入することは、好まれないと思うか」の問には、約65%が「ちがう」と答え、「そうだ」の33%を上回っていました。
保育者たちはすでに、次世代の主人公である子どもの健全な成長のためには、親への支援は避けて通れないことを認識し始めています。そして、子育て体験の乏しい親の世代を理解し支援することの必要性を感じ取り、「子どもの家庭での様子を親に聞き」、「保育中の子どもの言動を親に伝え」、「批判することなく親の話を聞き」、「親を励ましたり、ほめたりし」、「親に問題点の指摘だけではなく、具体的なやり方や見通しを伝え」、「子育て以外の親の相談にのり」、「親の友達づくりを援助する」役割を取り始めていました。
 

「子ども預かり型」支援から「親子関係づくり型」支援へ

私たちは、21世紀の家庭支援として、子どもだけを「預かる」発想から一歩進んで、親子が共に育つ家庭支援、「親子関係づくり型」支援を提案しています。これからは、「子どもを預かるほど家庭が機能を失い、親も子も疲れる」ことのないような支援、親の労働支援だけではなく、親が成熟する機会と親子の信頼関係を充分に形成でき、子どもの成長・発達が保障される家庭支援が求められています。太陽と水、きれいな空気とこやしを施しながら、親子の根っこの部分をゆっくり、そしてしっかりと育てる子育てができる、子育てを楽しむ余裕と自己実現できる生き方を母親に保障する、子育てに参加する時間と喜びを父親から奪わない社会のあり方を実現する、そんな家庭支援であってほしいと願っています。
「親子関係づくり型」支援の担い手は、保育者が最もふさわしいと思います。なぜなら、保育所や子育てネットワークには、親子が共に相まみえ、育ち合える条件が揃っており、親子の間をつなぐ位置にいる保育者の経験はそのまま、親子育ち、親子育ての支援者としての条件を満たしているからです。保育者は、その成長を促す豊かな生活体験を通して人間発達の基盤を支える「子どもへの支援者」であるばかりでなく、子育ての協働者として親を支え、励まし、育てる「親たちへの支援者」でもあるのです。
多くの調査結果が物語るように、共働きの母親たちは専業の母親よりも、「子育てが楽しい」「子どもがかわいい」と感じている割合が高いのです。共働きの親は、自分たちだけの子育ての限界を肌で感じ、保育士との連携が子どもの成長に欠かせないことを知っています。そして、保育士の支援があるからこそ、親子が成長できるありがたさも分かっています。これからの保育者は、保育の専門家としてだけではなく、親子が集い、遊び、学び、相談する場として保育所を位置づけ、親子関係を支え、親を育てる家庭支援の専門家として、その新しい役割を模索してほしいと願ってやみません。
 

参考文献: 中野由美子・土谷みち子編著『21世紀の親子支援-保育者へのメッセージ-』
1999年、ブレーン出版
家庭教育研究所紀要21号『今後の育児支援を保育者の立場から考える-保育者調査の結果をふまえて-』
1999年、財団法人小平記念会家庭教育研究所

 

中野由美子(なかの・ゆみこ)
(財)家庭教育研究所教育委員。目白学園女子短期大学生活科学科教授。
1944年 生まれ。京都大学教育学部卒業。東京大学教育学博士課程修了。
子育てにおける 母親・父親の役割やその影響に関する研究、両親の成長を支援する両親教育に取 り組む。
共著に『21世紀の親子支援』(ブレーン出版)、『子どもの発達と父親 の役割』(ミネルヴァ書房)など。