「3歳児神話は神話にすぎない」は本当か?

平成10年度厚生白書
「3歳児神話は神話にすぎない」は本当か?
親と子の関係をばらばらにするような施策に「子どもを産み育てることに夢のある社会」を作ることができるのか?

はじめに

平成十年度の厚生白書(以下十年白書という)に「三歳児神話には合理的な根拠は認められない」という節がある。平成十一年の十一月にこの十年白書の裏話のような文章を目にした。

『十年白書執筆の何回目かの課内での打ち合わせの際、十年白書の責任者として全体を構成されるとともに、その大部分を執筆された椋野室長(当時)から、全体スケルトン(案)が提示された。そのスケルトン(案)の中の執筆担当部分に、「三歳児神話は神話に過ぎない」というフレーズがあった。このフレーズを眼にした時、厚生白書という政府刊行物の中でもし「三歳児神話」を打ち破るようなことが書けるとしたならば、それはすごいインパクトであり、それだけでも十分すぎる社会的意義があるのではないかと思った。』長田浩志厚生省大臣官房政策課課長補佐(当時)(保育界平成十一年度十一月号)

この文章で十年白書の執筆動機に大きな疑問を感じた筆者は「三歳児神話」について調べてみることにした。
白書というのは「政府の公式の調査報告書」である。十年白書の巻頭には「少子社会についてさらなる問題提起を試みたもの」とあるが、白書で記載された事項は「新たなる事実」としてひとり歩きしていく。白書は意図的な姿勢で作られてはいけないのと思う。

インターネットのフォーラムで

このような件について調べるにはインターネットは最適である。「三歳児神話」で検索を始めた。58件の該当する項目が見つかった。「CHILD RESERCH NET FORUM」というサイトでは1998年の年末に、このテーマについていろいろな人が話し合っていた。そこで見つけたのが次のやりとりである。

ある人が、

『「母子3歳児説」をどなたか科学的に説明していただけませんでしょうか』と問うと、別の人が『本当に科学的根拠が欲しいです。ここ数日、ネットや図書館で見てまわっているのですが、見つけたと思うとすぐに反証も見つかるという感じです。働く母親系サイトはほぼ全て、一刀両断に切り捨ててるのですが、根拠はもっぱら(量より質)ということでした。医者は肯定的、学者(社会学、教育学など)は否定的というのが私の印象です。みなさんアンケートやら調査やらしているようですが、科学的なのかどうかはわかりません。なんにしても見解はバラバラです。どなたか、私にも教えて下さい。』

と答えていた。また別の人は、

『「母性は神話である」「三歳児神話は幻想である」という考え方は、近年のフェミニズムによる働けイデオロギーから出てきた発想であり、むしろ「母性」や「幼児期における母親の大切さ」を否定する科学的根拠こそ、全く存在しないものであると認識している。  (中略)そこで彼女らは「母性神話」「三歳児神話」という言葉を作り上げ、「それらには科学的な根拠がない」という新たな言い方を考え出したようです。しかし、そのような「科学的根拠がない」という付焼刃の理屈こそ科学的根拠が存在しないのは当然で、今までどこを探してもそれを裏付ける研究結果は存在してません。(ちなみにパダンテールの理論などを研究結果とは呼ばないでしょう)逆に母親の愛情やアタッチメント(触れ合い)の大切さ、乳幼児期の母親の関わりの大切さを裏付ける研究結果は、世界中に累積されてきているのです・・・』

新聞で

さて、このサイトのフリートークの中で、朝日新聞の1998年10月8日の朝刊に「少子化がとまらない(下)」として3歳児神話についての記述があるというので、それも調べてみた。

『ライフデザイン研究所副主任研究員の前田正子さんによると「神話」の発端は戦争で母を失った子どもたちのうち三歳までの子に心身の発達の遅れが見られた、という世界保健機関(WHO)の報告だった。1960年代にそれが日本に紹介され、「三歳までは母親が必要」と拡大解釈されて広がった。(中略)こうした体験が繰り返されるにつれ、「神話」の見直しがあちこちで始まっている。「保育園の在園期間の長さは発達にむしろプラス」(90年網野武博・上智大学教授)「母親の就労と子どもの発達は無関係」(91年、精神科医・原田正文さん)と調査が次々と報告され、今年、厚生白書は「少なくとも、合理的な根拠は認められない」と神話を否定した。』

とあった。

原田正文氏の真意

筆者は原田正文さんの「大阪リポート」はじっくり読ませてもらった。しかし、新聞に記述されている「母親の就労と子どもの発達は無関係」については、文言通りに受けとめていいとするような報告を原田氏はしていない。原田氏は「乳幼児期までに表面化する発達に関してはという限定付ではあるが」として母親の就労と子どもの発達には相関が認められなかったことを述べただけである。原田氏はその後に執筆した「育児不安を超えて」では

『月齢四ヶ月までの乳児の身体的・精神的発達と母親の具体的関わりとの極めて強い相関に驚きを感じ、親としてのかかわりに身の引き締まる想いがした。』と述べている。また、母親の就労と子どもの発達との間に相関が認められなかったことをある市の労働組合が取り上げ「大阪レポート」は女性の就労を支持する本として大いに宣伝したそうだが、そのような反響に原田氏自身『少し戸惑いを感じているのも事実です。』と記している。そして、『大阪リポートの調査結果を分析しての実感では、現代の母親は育児に関して関心が高いにもかかわらず、基本的には子どもから遠ざかる方向にあるように感じました。それは、私が思春期外来(外来で思春期に問題が出た子どもたちを診察すること)で感じているものと相通じるものです。私が戸惑うのは「母親の仕事は子どもの発達に影響していない」という結果が、母親が子どもから遠ざかるという方向性を助長するものではあってはいけないと思うからです。』

と記している。

これは、まさに筆者が「十年白書」に対して危惧していることと全く同じものなのである。「三歳児神話は神話にすぎない」とされると、母親と子どもとの間が離れていくことに拍車がかかるのである。これこそが問題だと思う。そして、その関係性の薄さが、最近起こる悲惨な子どもの事件の背景としてあることを想像させるし、現代の病を産んでいるように思えてならないからだ。

「三歳児神話に科学的根拠は見つからない」と同時に「三歳児神話は神話にすぎない」と言い切る科学的根拠も見つからない。
以上が、私が「三歳児神話」をテーマにして調べた結果である。他にもいろいろあったが、科学的といえるようなものは、ほとんど見あたらなかった。インターネットや新聞だけでは心許ないので、何人かの子どもの発達を専門にする研究者にも聞いてみたが、やはり、はっきりした答えは返ってこなかった。それにもかかわらず、先述の朝日新聞の記事のように「三歳児神話は神話にすぎない」は新たな事実のように語られ、ひとり歩きを始めているのである。非常に狭い範囲ではあるが、確信のもてる事柄は何にも手に入れられなかったのが正直なところである。冒頭の長田浩志氏の論にもそのようなところを見て取ることができる。おかしなことに、氏もいろいろ調べた結果、自説に対する科学的根拠を見いだせなかった自己矛盾を記しているのである。

十年白書の問題点

さて十年白書の大きな問題点について指摘させていただこう。
第2章4節「親子」では

  • (1・3)母性の過剰な強調が、母親に子育てにおける過剰な責任を負わせた。
  • (1・4)育児不安や育児ノイローゼは、専業主婦に多く見られる。
  • (1・5)三歳児神話には少なくとも合理的な根拠は認められない。

と進められ、母親は子育てよりも仕事を持った方が良いとの印象を与える展開をしている。そして、それらの方向を支えるように

  • (1・6)大切なのは、子どもに注がれる愛情の質である。

との「量より質」論が述べられている。親と子の関わりには質が高いには越したことはないが、量が確保されないのに、どうして質が保障されるのかが疑問でならない。子どもからの声は量を欲していることを現場は多くの事例で知っているからである。

このような、十年白書の執筆者の論旨の展開には筆者の眉がぴくぴく動いてしまう。しかし、実際は十年白書に勇気づけられた若い母親たちの動く方向が予想される。きっと次のようになるだろう。

  • ▼子どもの責任は私だけではないのよ!
  • ▼仕事をしない母親は育児ノイローゼになってしまうかもしれないわ!
  • ▼三歳児神話は神話なんだって!
  • ▼0歳から保育園に預けても子どもに問題はないんだわ!
  • ▼仕事を見つけましょう!
  • ▼家の中だけの生活より、ずっと楽しいわ!
  • ▼収入も上がるし、リッチな生活もエンジョイできるわ!

男女参画型社会や男女平等に、そして子育ての過剰の期待や責任から母親を解放させることには誰も異論を唱えることはことはできないだろう。 しかし、こうした社会的な風潮が形成されていけば、自由で豊かな社会に支えられた親たちは、子どもの間の距離を更に離してしまうということになるだろう。

子ども問題は単純には語れない。しかし、いろいろ調べていくうちに、現代の日本の家庭が持つ問題の根本には人間同士(親子)の関係を作り上げる力を日本人から奪い、人々がバラバラにされてきた私たちの国のシステムそのものに原因があるのではないかと思うようになった。そしてそれが「十年白書」で更に一歩進められ、親子関係を崩壊させるような施策が強化されるとしたらどうなるのだろう。これは大げさかもしれないが、アメリカの現状を知ると、筆者の心配があながち根拠のないことではないとお感じいただけるのではないかと思う。

天使のような笑顔が消えてしまう

筆者の勤める保育園でのことである。 特に心配するのが、一歳半ころの子どもたちの中にあるべきはずの「天使のような笑顔」が消えてしまうような事例とでくわすときだ。親が仕事に一生懸命過ぎたり、まだまだ自分の青春を謳歌したかったり、子育てどころではないような状態を持ったことに起因することが多いのだが、このような場合、子どもは大人への信頼を心の中に育てていくことに非常に苦労するようだ。関わりが少なくなると、子どもは自分から大人へ期待することをあきらめてしまう。そのような子は大人への原初的な信頼)を持てなくなってしまうようだ。残念ながらそれを手に入れることができずに育ってしまった子は、心の中に大きな穴が空いてしまうのかもしれない。一歳半位だと、保育士の努力で何とか穴埋めできることはあるのだが、その子が年中や年長になっても、ふとした瞬間に見せる淋しげな顔は、問題が簡単ではないことを表している。
心に穴が空いた子は、それを埋めようとして愛情をどんなに注いでも、ざるのようにこぼれてしまい、どうしても埋められないと養護施設に勤めた経験のある保育士は言う。その保育士は「保育園は養護施設化してきているのではないか」とも言う。筆者は、国や都が少子化問題に対する施策を推進すると、このような子が多出してしまうことになると確信に近いような思いを持つようになった。

働くことも、子育ても

親と子の関係をばらばらにするような施策に「子どもを産み育てることに夢のある社会」を作ることができるはずはない。家庭が成り立つ物理的な時間が与えられないのでは、何をかいわんやである。新エンゼルプランが作成された。しかし、労働省の現段階での最優先課題は「過重な残業にたいする対策」という低いレベルである。結果的に全ての受け皿は保育園になってしまうだろう。延長保育はますます普及し、24時間保育も進められる。きっと、「天使の笑顔を失った子」を多く見るようなことになるだろう。

みんな幸せを願って結婚し、幸せを願って子どもを持つのである。オランダのように家族が成り立つ時間を与えて欲しい。夫婦で1.5の労働時間がどれだけの余裕を与えてくれるか。子どもや家庭を中心に考えた施策が何を与えてくれるか考えて欲しい。

オランダの大蔵省大臣官房秘書のヤンさん夫妻の言葉である。

「多くの人が子どもとの時間を望むようになってきた。仕事のキャリアは後からでもつくれる。しかし、子どもが幼い時間は今だけだ。」

「キャリアやお金ではなく、生活を選んだの。子どもと一緒に暮らして、生活が落ちついた。たくさんのモノを得たのよ」

(AERA.005.1-8)

単なる親の利便性を考えた子育て支援ではなく、子どものニーズから社会や親の役割を考えて欲しい。「預かり保育」ではなく、「親と子どもの絆を強める支援」をしたい。子育ての中で親も親として成長していけるような生活が欲しいのである。世界ではみんなで知恵を出し合いながら、みんなに具合のいいシステムを作り上げている。模索を繰り返しながら、解決策を求めて取り組んでいる。視点を変えれば、きっといい方法が見つかるはずだ。

世界に通じる人間を育てよう

科学立国としての日本の地位は今や先進国の中では最低だ。数学においてはインドや中国に遠く及ばなくなっている。心に穴の空いた子どもたちに教育を施すことは非常に大変である。教育が成り立たない状況はすでに各地で起こっている。家庭崩壊が起こり、学級崩壊につながり、今では学校全体が崩壊し始めているとの報告もある。少子化対策で子どもが増えても、心に穴の空いた子が育ったのでは、社会は大変な代償を払うことになる。会社もそういう人たちを採用することになったら大変であろう。

今なら、まだ間に合う。次代を担う子どもたちの育成である。世界に通じる人間を育てていかなくてはならない。 子どもの知的好奇心を高め、問題解決能力を育てるには教育しかない。全国に23000カ所ある保育園は、その役割を果たす準備があるはずである。このような可能性を持っていた保育園が、施策が変わったために、カリキュラムを作る時間も与えられず、コンビニエンスストアのようなサービスを要求され、便利屋になり果てている状態だ。最近では、子どもばかりか親の心の問題にも対応せざるを得なくなり、疲れ切って退職する保育者が続出している状況とも聞く。(読売新聞・平成12年6月5日)

何とかしなくてはならない。筆者は保育の現場にある者として、声を大にして現在進められている施策に反論をしていかなくてはならないと強く決意した。

おわりに

子どもたちの幸せを願って保育者は毎日悪戦苦闘していると思う。しかし、その努力は、そしてその方向は間違っていないのだろうか。現在の日本の社会は解決能力が非常に弱い気がする。きっと現場の声が施策に反映されないからだと思う。利用者の利便性ばかりが強調され、保育担当者の声が届いていない。現場の保育者が発言しないからだ。いや、発言し問題を考えていくていくシステムがはなはだ未成熟だからだ。そのような意味で保育団体は大きな責任を持つと思う。大げさかもしれないが、保育者や現場の発言が日本を救うことになる。一人ひとりがこの問題について取り組んでいって欲しいと強く思う。

皆さんの職場での活発な議論をお願いします。そして、ご指摘やご批判、ご意見がいただけるようでしたら連絡をください。お待ちしております。

注)大阪リポート


昭和55年に大阪の近郊のある市に生まれた全員の赤ちゃん(約2000名)を6年間追跡調査したデータを元にしたリポート。「乳幼児の心身発達と環境・大阪レポートと精神医学的視点」服部祥子・原田正文著(名古屋大学出版会)としてまとめられている。
その中で、原田氏は、

  1. 子どもは母親を中心とする養育環境に驚くほど影響を受けて育つことがわかった。
  2. 子どもの心身の発達にいい影響を持つかかわりは従来から心理学などで「いい子育て」といわれている親のかかわりばかりである。
  3. 子どもの反応の仕方はきわめて妥当なものばかりで、子ども自身は何も変わっていない。
  4. 他方、養育環境そのものは首をかしげざるを得ないものが多く、現代の育児の特徴として、「育児不安と母性性の危機」をあげざるをえなかった。 と記している。

社会福祉法人同志舎 共励こども園
理事長 長田安司