変わりゆく保育園(上)
これでいいの? 変わりゆく保育園(上)
さまざまな保育園が生まれている。これまで自治体と社会福祉法人に限られていた国の「認可」保育園は、昨春から企業などでも経営ができるようになった。
一方で、国の基準に満たない「無認可」施設も、自治体などが独自に定めた基準で運営するところが増えてきた。政府は待機児ゼロを目指し、保育園の「量の確保」を図る。その流れを後押しするのは、「もっと長時間」「いつでも」といった大人のニーズだ。
ただ、変わりつつある保育園の中で、子供たちが置き去りにされないか。保育園に及ぶ「改革」はこれでいいのだろうか。【本橋由紀】
今月3月、無認可保育園「ちびっこ園池袋西」で生後4カ月の二男を失った埼玉県朝霞市の会社員、北条一行さん(25)陽子さん(25)夫妻には長い待機経験がある。長男(4)の時にも3年半待った。選んだ先がちびっこ園だった。長男は預ける時、いつも泣き、陽子さんは悲しかったが、働かねば暮らせないと、自分も我慢した。入る園が見つからず、二男も同じ所に預けた。
厚生労働省によると、認可園は今年1月現在、約2万2000カ所、約192万人が利用。無認可園は約9000カ所、約22万人が通う。認可園を希望しながら入れない待機児は、4月で3万3000人に上る。
北条さんのケースは、こうした現状の下で起きた。二男の事件後、同園での事故の多発を知った北条さんだが、そこを必要とする親子がいることは、熟知している。「ちびっこ園をなくしても、問題は解決しない」と、悩んだ末、ちびっこ園に質の向上を約束させ、示談に応じた。
運用の弾力化
増える待機児を減らすため、国は「規制緩和」をうたい98年から、保育園の認可条件である「最低基準」(注)を切り下げている。
運用を弾力化し施設の広さを変えずに、子供の数を増やせるようにした。短時間勤務のパート保育士を入れ、給食の調理委託も可能にした。地域によっては、子供一人当たりのスペースを減らしたり、園から離れた公園を園庭代わりにできるようにもなった。
そうした地ならしを進めた上で、昨年3月に、公費から補助がでる保育士の人件費、園の管理費用などの運営費が、配当や役員報酬、土地購入費などに使われないように規制して、企業などの参入を認めた。これらの結果今春までに全国で27カ所が増えた。男女共同参画会議の報告に盛り込まれた「待機児童ゼロ作戦」、内閣府が設置した「総合規制改革会議」の中間まとめも、民間活用、企業参入を勧める。
〈注〉「最低基準」=児童福祉施設最低基準。 保育室の面積などの設備、子供一人当たりの保育士の人数、保育時間、保育内容、保護者との連絡など、保育に必要とされる基準が盛り込まれている。これをクリアした認可保育園は国が運営費の一部などを負担している。
緩和望む企業
今年4月、東京都三鷹市で全国初の公設企業営保育園が始まった。都内にオープンした別の企業設立園も含め、企業側の担当者はいずれも「運営費の使い方を自由にするなどの規制緩和を期待している。」と話した。
国や自治体はコストをかけず「器」を拡大するため、保育園を企業にゆだねる。縛りがあるとメリットの薄い企業側が「規制緩和」を求めるのは当然のことだ。だがそのとき、子供の安定や成長がどこまで保障されるのか。「保育園を考える親の会」の普光院亜紀代表は「保育園がさまざまなニーズに応える必要があることは論をまたない。ただ、利潤追求を基本とする『企業の論理』が今後、前面に出てくるなら、非常に不安だ。規制と呼ばれるものの多くは、子供の成長に大切な要素、守るべき基準だ」と強調している。
変わりゆく保育園(中)
これでいいの? 変わりゆく保育園(中)
大手建設会社を辞した神奈川県大和市の五十畑潤一さん(36)は96年秋、3歳以上を対象に横浜市で保育ステーションを始めた。弱い立場の子供をサポートしたいと、貯金と借金で駅近くのビルの一室を借り、保育士を雇い、幼児バスを購入。朝夕、預かった子供をバスで駅から遠い保育園に送り迎えした。親たちは「これでもっと仕事ができる」と喜んだ。
夕方からはまた園児を集め、夜9児まではステーションで預かった。親には迎えをさせなかった。
3年たち、子供の様子が気になり始めた。親の帰りが徐々に遅くなった。ささいなことですぐ涙をこぼす子もいたし、保育室に一緒に寝転ぶと「寂しい」とつぶやく子もでてきた。親の前では見せない。「子供のためにと思ったのに、そうではなかったのか。考えると続けるのがつらくなった」と話す。今春、やめた。
増える独自助成
短い開所時間?主食や布団の持参を求める?保育士が親の仕事に理解がない───という認可園はある。反動のように、便利なサービスが広がるケースも増えている。国の基準に満たなくても、一定の条件をクリアした保育園を自治体などが独自に助成する。その一つが、東京都が8月から発足させた「認証保育所」。13時間の開所と駅前などの便利性が「売り」だ。だが裏を返せば、子供の外遊びに必要な園庭や周囲の環境、子供と家族の接する時間より親の都合を重視している。上限はあるが、保育料を自由に決めることができ、同じ施設を使い幼児教室を開けば別料金を取ることもできるなど、事業者の都合にも合わせた格好だ。
「幼稚園並みに」
「こども未来財団」が助成する千葉県の保育園では「英語・中国語・漢字・リトミック・2歳児の算数」、年中以上は「絵日記・作文・読書」もある。副園長の橘川保子さん(50)は「親が幼稚園と同じ教育を求める」と胸を張った。 横浜市の補助金を受けて保育室を経営する近藤俊子さん(46)。夏は毎日近くのプールへ。残業ができるよう、午後11時まで開き、園内の服は園で用意、6時半には夕食を出す。お迎えのピークの7時には、子供は夕食を済ませている。「お母さんが家事に追われるより、子供と過ごす時間を作ってほしいから」と話す。
「職場で後ろ指さされる」「家事に振り回される」「時間がない」。そうした親のストレスの矛先が、子供に向かないように、と用意されるサービス。
揺れる親も
ただ、こうした流れを手放しでは喜べない親もいる。
横浜市の会社員(33)は、駅前の園に息子(5)を預けて都心へ通う。3歳から幼稚園にも通うダブルコースに変わった息子は、最初の半年ほどは疲れた様子で、胸が痛んだが、最近は楽しそうだ。自身は夫(38)とやりくりし、出張も残業もこなす。
でも今、少し揺れている。「忙しい日々に追われ、こんな働き方をするのが、本当に幸せな生き方なのだろうか」と。せめて夕食は一緒にと、毎日午後6時半のお迎えに必死に駆けつける。
変わりゆく保育園(下)
これでいいの? 変わりゆく保育園(下)
夏の太陽が照り付ける埼玉県桶川市の無認可園「いなほ保育園」。水遊びのために園児の親たちは毎年、プールを作る。ロバや馬の世話、畑の草取り。保育士と親が共に子供を育てるという考えで世界が回る。
これが本来、子供が育つ場に必要とされることだ。だが今、それとはまったく別の方向で保育園が考えられ始めている。
「もっとコストを抑えて、民間に」「もっと長時間」「もっとたくさんの子を入れて」・・・・・。こうした国や自治体、親や保育園を経営する側の思惑が交錯する。
子供を育てる保育園の質としては、第三者が評価するシステムを作れば、競争原理で担保されるという理屈だ。その情報は公開され、保育園の選択時の目安になる。評価基準案では「子供の視点」も盛り込まれてはいるが、このシステムが子供のために本当に機能するかは未知数だ。
何ができるか
こうした流れの中で、利用者としての親にに何ができるか。
弁護士の寺町東子さん(33)=東京都文京区=は、3歳と1歳の娘を認可園に預ける。
入園して間もないころ、長女がハイハイができないことをストレスに感じているようだと、担任から聞いた。当時の2DKの自宅は十分なスペースがなく、娘は歩行器で移動していた。何とかスペースを作ったところ、ほどなくハイハイを始めた。 区の公募委員として保育行政にかかわったり、保育園の父母の連絡組織に参加もした。現在は区と親で「保育のあり方」を協議する会合のメンバーとして発言する。「親がかかわって、努力するからこそ、意味があると思う」と話す。
面倒と言わずに
7月上旬、東京都内で開かれた「保育園の民営化」をテーマにした話し合い。既存の公立園を民間に託す動きが各地で活発化している。30人の父母が集まった。この席で目立った意見は「かつての住民運動のように反対のための反対ではなく、自分の地域でどのような保育園が必要かにかかわっていく」というものだった。事務局を務めた木内革さん(38)=東京都多摩市=は「いい保育園にはいい父母会があり、協力的な園長がいる。仕事の他に父母会なんて面倒くさいなんて言わず、もっと声を出さないと、保育園の将来、子供の未来が不安だ」と訴える。
5歳の一人息子を保育園に預ける横浜市の会社員(34)は途中で転園した。「最初は入れやすくて便利なところを選んだが、子供のことを考えて園庭のある園に変わった。これからは、もっと親が勉強する必要があると思う。」と話した。 変わりゆく保育園は、子供を真ん中に据えたものでなければならないだろう。そのためにも親も行政も保育園自信も、「子供」を置き忘れてはならない。
【本橋由紀】
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