育児問題とその対応 その3

保育小論集

育児の問題点とその対策その3

日本保育園保健協議会
副会長松本壽通

母親の子育て支援によって育児機能を高めるための対策について筆者なりの考えをまとめてみたいと思います。

結婚前に赤ちゃんと接する機会を作る

人間の子育ては生得的なものではなく、学習的な性格が強いことから子どもの時代につとめて子守りなど、後の育児に関わる体験をしておくことは後の楽しい子育て、すなわち、子にとっては健やかな心の発達のために必要です。

1997年、福岡市の保健所での乳児健診における調査で、小中学生時に子守り体験が全くないと答えた母親が40%もいた事実があります。従って、学生時代に地域の保健所、保育所などの見学、および実習を含めた育児の教育に力を入れるべきです。生命の誕生としての感動、育児の楽しさなど、思春期から教育することの必要性を痛感します。

周産期からの育児支援

保健所における妊婦教室、保育所での子育て支援活動、あるいは地域の小児科医によるプレネイタルビジット(出産前小児保健指導)、1~4ヵ月児健診などによる周産期、幼若乳児期における育児相談の際に、養育機能不全や虐待などハイリスクをもった親と子を早期に発見するマインドを常にもって接すること、そして家族が安心して、楽しく育児ができるように、子育てのコツなどをゆっくり、わかり易く話す必要があります。この際、個人の秘密が守られていること、自分の話をよく聞いてもらえる、という安心感をもって戴くことが求められます。

この相談の際に必要なことは、母子の愛着作用の重要性を話すと同時に、幼児期では能動的な遊び、午後9時には就眠させることなど規則正しい生活のリズムの大切さ、さらにテレビなどメディアへの過剰接触による問題点など、子どもの心の発達の上に必要な事柄をあらかじめ指導し、それが成長して思春期における心の問題にも影響することを強調したいものです。マタニティーブルーや、産後うつ病などに関しても、前もって母親がその知識を得ることによって、育児不安の予防に役立つと考えられます。

12ヵ月までは育児休暇の義務化を

近年、女性の社会進出に伴って、働く母親を支援する手段の1つとして、0歳児保育の需要が増大しつつあります。厚生労働省はかつてエンゼルプランなどで、低年齢保育に関しては受け入れ枠の拡大をはじめ、積極的に乳児保育を促進する姿勢がうかがわれましたが、少子化の波を止めることができませんでした。女性労働力なしには経済活動は成り立たない現在、今や乳児保育は働く女性を支援するための重要な手段と考えられています。しかし、母乳育児など基本的に母子の愛着行動が最も必要とされる0歳児、特に6ヵ月未満児の集団保育(産休明け保育)は、はたして児の心の発達、質の良い感性の伸びに影響はないのでしょうか。乳児期には母乳哺育を中心とする母子の持続的で頻繁な身体接触の必要性が強調されています。服部は子どもの心の発達のために基本的信頼感(basic trust、E.H.エリクソン)の重要性を強調して、基本的信頼感は母がわが子に微笑みかけ、話しかけ、愛撫し、心からの愛着行動(アタッチメント)を繰り返し与えるとき、赤ん坊の心には深い快感が溢れ、自分は愛され、守られているという純粋な安らぎの感情が体験されることによって培われるものであると述べています。その獲得体験はその後の自立の基礎となり、思春期に安定した心の健康を形成するのに深い影響を与えることは、大方の発達心理学者の認めることです。乳幼児期における良好な母子関係は、子どもの心の健康の上に、計り知れない大きな意義があるといえます。従って少なくとも12ヵ月までは、できる限り集団保育を避けて、母子接触の機会を多くするべきであることを主張したいと思います。そして物言わぬ子がもつ親に育ててもらう権利を守るためにも、子どもの利益のためには、何が最善かという視点を忘れたくないものです。

平成15年に成立した少子化社会対策基本法を受けた形で少子化対策実施計画「子ども・子育て応援プラン」が平成17年4月より新たに始められました。この中で子どもを生み育てやすい環境整備に力点がおかれているのは当然ですが、母親が余裕をもって子育てに喜びを感じることができるよう、安心して育児に専念できるために出産後12ヵ月、少なくとも6ヵ月までの乳児の集団保育を避け、1歳になるまでの育児休業を義務化し、充分な育児手当を手厚く支給する必要を痛感します。そのためには“子育ては特別である”として、産休後の仕事が保証されるなど、育児に対して社会全体が敬意を払って感謝する雰囲気がつくられ、孤立した母親を支援する公的システムが構築されて、さらに父親も母親も子育てのためにしばらく企業を離れることがあっても、それは「日本の未来」のために必要であるという国民的コンセンサスをつくり、ひろげることこそ大切であることを心から提言したいと思います。

日本保育園保健協議会の巷野悟郎会長は「働く母親のために、育児休業制度をさかんにして欲しいのに、国は待機児童のための保育所づくりです。昨年3月の国会中継では“子どもの方に予算を増やしてほしい”という質問に対して、小泉首相は老人は票を持っているからと答えておりました。その通りかも知れませんが、淋しいことです。このようにして親と子どもが次第に分離されてきているようです」と述べられたことは、まさに傾聴に値する言葉です。

父親の育児サポート

近年、母子関係や母親の役割ばかりを強調する育児論は間違いである。とするE.バダラールの「母性という神話」論が盛んです。働く母親の姿を強調するあまり、生物であるヒトとしての、育児における根源的な存在である母親の姿が薄くなった感さえするほどですが、「子どものことは母親の問題であると同じくらい、父親の問題である」とする意見は真理です。父親の存在が希薄化している現在、子どもの心の健康のために規則やルールを教え込む凛とした父親像が今ほど要求される時代はありません。そのためには、父親が余裕をもって家庭とふれ合えて、積極的に育児や地域でのボランティア活動などに参加ができるために、企業中心社会から「家庭に優しい社会」へと転換を図れるよう、企業、職場、地域社会全体のコンセンサスが必要です。

平成17年4月より次世代支援対策推進法が施行されました。地方公共団体と企業(従業員301名以上)に対して育児支援を行うための行動計画の定が求められていることは、まさに団体、企業への育児支援対策を義務づけられたものとして評価したいが、要はその実行にあります。子どもの視点に立って、働く母親、父親がどれ程、家庭中心に軸足を変えることができるか、その成否は「日本の未来」に少なくない影響を与えるものになると考えられます。

育児グループへの参加

近年、孤立した専業主婦らの育児不安の深刻化を防ぐために、地域の公民館あるいは保育所などで行われるピアグループとしての育児グループ活動が注目されています。グループへの参加は孤立する母子に多様な人間関係と自分をリフレッシュする場を与え、他の育児を観察して自分の育児を見直すことや、育児について、不満や不安を語り合いながら同時に自信を取り戻す良い機会になります。そして保育士や身近な相談相手からの適切な助言により、母親の育児知識が積み重ねられ、安定した育児が可能となります。育児グループ活動は地域全体の育児機能を高める最も効率的な手段と考えられます。

育児グループ活動を行う場所(たまり場)として、保育所、公民館などの公的機関はじめ、地域の小児科医院や一般家庭など、民間でも行われています。この際、中心となるキーパーソンの存在が極めて重要です。とくにボランティアとして活動しているキーパーソンがやりがいをもって活発に、そして持続的に活躍するために、行政(保健所)を含めて地域による活動への暖かい配慮が必要です。

むすびに

現在の育児の問題点とその対策について、3回にわたって小児科医としての考えを述べる機会を与えて戴いたことに感謝します。

とくに乳児期(0歳児)における子育てが子どもの心の発達に深い影響を及ぼすことに主点をおいて考えをまとめましたが、そのためには社会全体の子育てに対する暖かい理解と支援が必要で、それがわが国の将来の発展のためにも少なくない影響を与えるものとして、官民をあげて子どもの心の発達のために、しっかり取り組みたいものです。<最終回>

保育重要論文集

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日本保育園保険協議会
副会長:松本壽通

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