発想の転換を迫られる保育施策
子どもの権利条約に基づいて転換を迫られる保育行政
新美 隆(弁護士)
「げ・ん・き75号」より エイデル研究所
共励保育園からの相談事例・「希望保育」によるカリキュラムの準備等
共励保育園は、戦後、戦災孤児などの更正保護に努力した先代の理事長が、昭和29年に資材を投じ、地域の住民の支持をえて開園し、昭和42年に社会福祉法人の認可をうけて組織換えした、定員250名強の保育園です。保育園では、保育士による研究会があり、独創的なカリキュラムが開発されて、保護者から高い評価を得てきましたし、入園式や夏季の特別活動、卒園式などの行事にも工夫をこらして、園児にとっても保護者にとっても、心に残る思い出を作り続けています。
こうしたカリキュラムや年間行事予定を作成するには、保育士たちの集中した共同作業日が必要となります。そこでは、子どもの発達過程に即したカリキュラムであるかどうかなど、専門性にそった議論が展開され、入念な年間保育予定が作成されていくのです。そのために共励保育園では、その時間を確保するために保護者の協力を得て、家庭保育が可能な家庭には家庭保育をお願いしています。もちろん、保育希望の家庭の子どもについては、保育体制をとります。共励保育園では、この方法を、「希望保育」とネーミングしています。つまり、1年のスケジュールの中で、あらかじめ特定の日を決め、保育内容の向上のためのカリキュラム編成や行事の準備をするのです。保育園規則にもこのことをうたい、毎年入園式前の保護者説明会で説明し、同意と協力を得て行ってきました。
ところが、行政当局は、「正当な理由がなく休所しているので是正すること」、「保育所の都合により、希望保育日を設定して、保育を受けることを制限しているが、不適正なので是正すること」と指導を繰り返しています。
共励保育園の立場は、この長年にわたって培ってきた独自の方法の発揮を望み、何よりも保護者の同意と協力を得てこそ継続できてきたことだと反論しました。そこで、行政担当者との間で協議の機会を持ちました。行政担当者の言い分は、あくまでも保護者の自発的な意思から出たものでないかぎり、保育園側からのお願いであるならば保護者は断りきれない立場に置かれ、強制となる可能性があり、「協力」であっても駄目だ、というのがその理由です(以上、相談事例)。
もうひとつの相談は、保育時間の延長の問題です。行政当局は、既存の保育サービスのレベルアップを進める方針を掲げて、延長保育(2時間以上)を実施する保育所の施設整備を優先するとしています。共励保育園の保育時間は、朝8時30分から午後4時30分までの8時間ですが、朝7時15分から夕方6時15分までの11時間を開園しています。この開園時間の11時間を13時間以上にすることが、保育サービスのレベルアップであり、この方針に応じないと、その保育園は施設整備が、後回し (実際は、不可)になるのです。共励保育園は、歴史もあり園舎の建物が老朽化していることから施設整備計画(補助金申請)を提出しましたが、受理すらしてもらえません(相談事例)。
「日日保護者の委託を受けて、保育に欠ける子どもを保育する」とは
保育内容の充実をはかったり、思い出に残る行事の準備をするために、規模の大きな保育園にあっては、保育士や職員が一丸となって取り組む必要があります。創造的な保育カリキュラムは、現在入園している子どもだけではなく、将来入園する子どもにも引き継がれていく共励保育園の貴重な財産です。この作成や準備のために合計しても数日間を保護者の協力を得て、時間を割くことに行政はなぜ執拗に「指導」という名目の規制をしようとするのでしょうか(協力が困難な家庭の子どもについては、保育体制は講じていますし、現に希望保育該当日にも三分の一程度の子どもは登園しています)。
このような行政の指導の根拠は、昭和54年に「保育所は、保育を必要とする児童があれば、その需要に応じなければならず、従って、最小限度の態勢は常に整えておくこと」という行政通知にあります。この通知の元になったのは、児童福祉法39条1項にある、「保育所は、日日保護者の委託を受けて、保育に欠けるその乳児又は幼児を保育することを目的とする施設とする」という規定です。
共励保育園のような保育所の目的は、保護者が労働に従事したり、疾病にかかったりしているために、その子どもの監護養育ができない場合(「保育に欠ける」場合)、保護者に代わって子どもを保育することにあるとされています。この「保育に欠ける」との要件はかなりの程度緩和されて、保育所に入る子どもが戦後増加してきたことは周知のところです。ところが、「日日保護者の委託を受けて」との規定については、機械的または形式的に解されたために、たとえ数日であっても「休所」することは許されないとされ、共励保育園のような場合でも、結果としては不適正な保育の制限とされてしまうのです。
児童福祉法の解釈としては、「日日保護者の委託を受けて」とは、365日や日数のことではなく、一定時間保育のうえ保護者のもとに帰す通所施設という意味に過ぎません(立法当時の説明では、「『日日』とは、パートタイムであることを意味する。昼夜間を通じての場合は養護施設又は乳児院となる」とされています)。
厚生大臣が、昭和23年に定めて、現在も維持されている「児童福祉施設最低基準」では、保育時間については、「1日につき8時間を原則とし、その地方における乳児又は幼児の保護者の労働時間その他家庭の状況を考慮して、保育所の長がこれを定める」としているだけで、開所日数のついては規定されていません。それでは、法令の解釈からストレートには出てこないことがなぜ行政の指導で強調されているのでしょうか。このことは、最低基準が8時間原則をうたっているのにかかわらず、前記事例の、保育時間が長くなれば長くなるほど保育サービスの質が向上するとして、13時間以上の延長保育の方針に応じない保育園には、施設整備の補助をしないという行政の方針と共通するものがあります。それは、一言で言えば、保育所の目的が、保護者の労働を確保し促進することとして一面化されているところから導かれるのです。
長時間保育が保育所の目的なのか
保育所と幼稚園とは、誤解される場合もありますが、法制上は、まったく別の施設です。幼稚園は、学校教育法にいう「学校」の一種であり、「幼児を保育し、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする」とされる幼児教育施設であるのに対し、保育所は、両親の共働き、疾病その他の理由で保育に欠ける子どもを保育する児童福祉施設です。
しかし、保護者の労働時間に合わせて保育時間が決められる保育所も、そうではない幼児教育施設である幼稚園も同じ「保育」という用語を用いていることからわかるように、その内容において本来的な差異があるとは考えられません。いずれの場合にも幼児教育の必要はありますし、たまたま生まれた家庭環境の違いで、貴重な幼児期を不十分な保育環境で過ごしていいとは言えないからです。幼稚園と保育所を一元化する必要があることは、長い間の懸案になっていますが、「仕事をしていても、子どもにはきちんとした教育を受けさせたい」という親の声は当然です。実際には、このような保護者の要望もあり、幼稚園と保育所の保育内容には差異がなくなりつつあります。ですから、保育カリキュラムの作成に努力してきた共励保育園の保育については、保護者からの評価は高く入園希望も多いのです。(中略)
にもかかわらず、保育所について、長時間保育を迫り、独自性を発揮する工夫の余裕を与えようとしない行政の方針や方策はどう説明したらよいでしょうか。これは、保育所の目的を保護者の労働を確保しそれを促進するところにある、一面化しようという判断からきています。戦災孤児対策という緊急課題を背負った時期は別として、保育所の目的は、戦後長く労働政策の面が前面にたてられてきました。女性の社会進出が進み共働きが例外ではなくなってくると、保育所に子どもをあずける家庭は決して珍しくなくなりました。経済成長、経済発展が叫ばれた時期には、あたかも経済条件の向上が全ての課題を解決する鍵であるかのように理解されたのです。政府が児童福祉法制定の際に作成した予想質問答弁資料では、「第一保育所は、児童の環境を良くするために入所させるところであって、乳幼児を有する保護者が安心して働き、労働能率を高めることによって生計が補助され、子の生活と発育を保障することになります」という模範答弁が残されています。母親が生計補助の働きに出て少しでも家計が豊かになることが子どもにとってよいことだとする考え方です。働く女性にとっては、保育の最大関心は、保育時間であり、労働時間+通勤時間に見合った保育時間を要求することは当然とされてきました。
このような際限のない要求の行き着く先は、一体どのようなことになるのでしょうか。家庭や地域が子育て能力を喪失していき、子どもの発達を阻害するのではないか、ということが徐々に理解されつつあるのが現状ではないでしょうか。共励保育園が求められている13時間以上の保育時間といえば、朝7時に子どもを保育園にあずけ、夜の8時に子どもを迎えにきて帰宅することになり、全く寝るために帰宅するも同然となり、親子の接触時間はほとんどないことになります。いっそのこと保育所に泊まったほうが楽ではないか、と思うほどです。このような長時間保育が、一体だれにとって保育サービスのレベルアップというのでしょうか。
このようなことは子どもの利益に合致するものとは到底考えられないのですが、現在の日本の法制の中で、児童福祉法の保育所の目的を極端なまでに推し進めてしまうような行政の解釈や運用は許されることでしょうか。
子どもの権利条約の効力
子どもの権利条約(正式な政府訳では、「児童の権利に関する条約」といいます)は、1989年に国連総会で採択され、1990年に発効しましたが、日本では批准が遅れ、1994年になって批准され公布されました。日本国憲法98条2項では、戦前に国際法違反を繰り返した反省のうえに立って、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定められていますが、この「誠実に遵守」するとの解釈から、批准された条約は、国内法としての効力が認められ、その効力が認められ、その効力は、国会が定めた法律に優位すると一般に解されています。通常は、批准まえに、国内法の整備として、条約に違反すると考えられる法律が改廃されたりすることがありますが、仮に法律の手当てがなされなくとも、条約に反する法律の規定は無効となります。
子どもの権利条約は、その由来は、1924年の国際連盟・子どもの権利に関するジュネーブ宣言や、1959年の国際連合・子どもの権利に関する宣言にさかのぼりますが、これらの宣言とは異なり、法的拘束力のある実体的な権利を定めたものです。条約文中には、条約を締結した国の政府に一定の措置をとることを義務づけるものもありますが、多くは、政府の国内措置にかかわらず適用されるべき権利を成立させています。このような規定には、自力執行力がある(セルフエキュゼキューティング)と国際法学上呼ばれています。日本政府は、子どもの権利条約の批准に当たって、国内法律には一切手をつけませんでした。しかし、児童福祉法1条が、児童福祉の理念として、「すべて児童は、等しくその生活を保障され、愛護されなければならない」として、子どもを保護の対象に過ぎないかのように規定していることに対して、子どもの権利条約が、その名称の示すとおり、子どもを権利の主体として様々な権利保障規定を定めている点に根本的な違いがあります。政府は、従来の法の運用解釈と子どもの権利条約とは矛盾しないと説明していますが、子どもの権利条約の趣旨や目的を実現するためには、今後、様々な分野での考え方や制度の見直しが必要的に求められざるを得なくなるものと考えられます。今回のテーマに関連する限りでもこのことは明らかです。
子どもの権利条約が定める親の養育責任
条約の前文では、家族については、「社会の基礎的集団として、並びに家族のすべての構成員特に児童の成長及び福祉のための自然な環境」であるとし、「児童が、その人格の安全かつ調和のとれた発達のため、家庭環境の下で幸福、愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべきである」と認めています。そして、児童は、その父母によって養育される権利を有し(7条)、「締結国は、児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する」としています。そして、重要なことは、児童に関するすべての措置をとるにあたっては、いずれの場合にも「児童の最善の利益」が主として考慮され(3条)、締約国は、児童が条約の認める権利を行使するにあたり、保護者が「その児童の発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示及び指導を与える責任、権利及び義務を尊重する」(5条)としています。これらの規定は、従来の、子どもを保護の対象にするだけで、一旦児童福祉施設にあずけられた場合に、保護者の、子どもに対する指示や指導の観念を容れる余地すらなかった児童福祉法に比べれば画期的なものといえます。
また、条約18条は、親双方が子どもの養育および発達に対する共通の責任を有するという原則を承認し、保護者が子どもの養育および発達に対する第一次的責任を有すること、および子どもの最善の利益がここでも保護者の基本的関心であることを定めています(1項)。そのうえで、国は、保護者が子どもの養育責任を果たすにあたって適当な援助を与え、かつ、子どものケアのための機関、施設およびサービスの発展を確保するとしています。(2項)。
これらの規定は、児童福祉法2条が「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」とやや曖昧にしていた点を大変明確にするものです。子どもの権利を保障するために両親双方の共通責任として「子どもの養育及び発達に対する第一次責任」を明示し、この親や保護者の責任が果たされるように国は積極的な援助を与え、条件整備をするという関係になるのです。
これくらいで、今回のテーマに関連する条約の規定の趣旨は十分に理解することができると思いますが、さらに、12条では、子どもに影響を与える全ての事柄について、自由に自己の見解を表明する権利が保障されていることにも留意してください。
子どもの権利条約等に影響を受けた育児休業法
子どもの権利条約の画期的な意義は、前述したところからだけでもおわかりのことと思います。ここに明示された子どもの権利保障のあり方は、長い間、日本ではともすれば見失われてきたものです。それを、公的拘束力のある形式で成立したところに、より大きな意味があります。批准された子ども権利条約が国内法としての効力(法規範)を持つことになるだけでなく、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は憲法尊重擁護義務を負っていますから(傍点編集部)、この条約の趣旨を正しく履行することは、行政担当者の責務でもあります。
ところで、先にあげた子どもの権利条約の規定に見られる、子どもの発達への権利を保障する趣旨や目的からは、やみくもに労働を保護さえすれば、経済条件の向上を通じて、ひいては子どもの福祉にもなるという経済至上主義の考え方は、親や保護者の子どもを養育する責任や子どもの最善の利益をはかるという重要な課題を見失うことになります。その結果、子どもの健全な発達が害される危険を避けることができません。
1985年に批准された「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(女子差別撤廃条約)」では、すでに、「子の養育及び発育における男女の共同責任についての認識を含めることを確保すること。あらゆる場合において、子の利益は、最初に考慮するものとする」(5条)とか、親の家庭責任と職業上および社会活動への参加とを両立(11条)をうたっていましたが、子どもの権利条約が批准されて、育児休業法が大幅に改正されるようになりました (1999年以降)。「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」がそれです。この法律の基本理念は、職業生活とともに、「育児又は介護についての家族の一員としての役割を円滑に果たすことができるようにする」ことです。男性・女性共通に育児休業を申し出る権利が確立され(6条)、子を養育する労働者については、深夜業が制限され(第5章)、育児休業をしない労働者については、勤務時間の短縮が事業主に義務づけられたり(23条)、配置について子の養育状況への配慮が事業主に義務付けられたり(26条)、職業生活と家庭生活の両立が図れるようにするために「職業家庭両立推進者」が職場で選任されるようにまでなっています(29条)。
いずれの権利も本人の申出によるものですが、家庭観や職業観が変革されていけば、実効性は高まるものと考えられます。このように、少なくとも、法制度上は、子どもの養育よりも、職業生活が優先するという発想は、ようやく、国内法でも否定されつつあるのです。しかし、子どもの権利条約を実効性のあるものにするためには、これだけでは不十分です。条約自体が、具体的に制度や方策の中で実現されなければなりません。
子どもの権利条約の前文が述べるように、子どもは家族という自然な環境の下で、幸福、愛情さらに理解のある雰囲気の中で成長すべきです。しかし、このようなことは、古い時代においては、法律で定めるようなことではなく、誰もが当然のこととして営んできたことです。ところが、経済発展という法則が一旦動き始めると、経済条件に合わないものは「合理的でない」として切り捨てられていく傾向が顕著になり、当然のことすら当然ではなくなります。労働活動の能率化という経済法則が強力になっていくと、子どもの成長にとっての自然な環境であった家庭のきずなすら破壊される危険にさらされます。そこで、そのような環境を守るために、法的な規制が必要になってくるのです。失われそうになって初めて気付く価値というものがありますが、子どもの養育環境というのもその一つです。子どもの権利条約を成立させたのは、戦争や経済発展という「合理化」の中では、放置すれば子どもの健全な成長が犠牲にされるという危機感からです。事態は、子どもを守るためには微温的な保護政策だけでは不十分であり、「権利」として、言い換えれば法的規制の形で積極的にブレーキをかけなければ確保できないところにきているのです。このことは、日本の状況も同じではないでしょうか。戦後復興とか経済発展という目標を掲げた時代のなかで法制度として作られた日本の保育制度の問題点が、子どもの権利条約との対比の中で浮き彫りにされたと言えると思います。
保育行政は子どもの権利条約に基づいて転換が迫られています。子どもの権利条約の趣旨や内容を概観したうえで、今回の相談事例に現れた問題点をみるとどうなるでしょうか。
児童福祉法を、労働の保護の点からのみ解釈運用することは、子どもの最善の利益を等閑に付するもので、根本的に誤っているというべきです。子どもは、経済条件さえ整えば健全な発達が保証されるのではなく、かけがえのない家庭環境の下で、幸福、愛情および理解のある雰囲気の中で精神的・文化的な接触を通じて養育される権利があり、保護者は、子どもの最善の利益を基準にして養育する責任があります。保護者は、この責任を果たすためには、子どもの発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示や指導をしなければなりません。
保育所の保育については、長い間措置制度が実施され保護者は子どもともども保育内容について意見をいうべき主体ではなく、行政措置の恩恵をうけるものに過ぎませんでした。措置制度が廃止されながら、子どもの権利主体としての認識が不十分なために、保育所が保育内容の向上のため、保護者に協力を求めることさえも、強制になる可能性があるとされるほどに、か弱い存在とされてしまうのです。子どもの権利条約は、むしろ、保護者は保育内容について積極的に意見を述べ、保育所と協力することでその養育責任を果たすことを要請していると解されます。前述の、共励保育園の「希望保育」についての指導は、保育所の自主性を無視するだけでなく、保護者の、子どもの養育について指示・指導を与える責任、権利、義務を尊重するべきとの子どもの権利条約の規定に反する疑いがあります。
13時間以上の長時間保育をあたかも保育サービスの向上として推進しようとする行政のあり方は、真っ向から子どもの権利条約に違反するものと言わざるを得ません。家庭での養育を無視する結果をもたらす保育行政は、子どもの最善の利益を否定するだけでなく、育児休業や時間短縮を通じて、子どもの養育を可能にする家庭生活と職業生活との両立をはかろうとする育児休業法にすら反するものです。
行政当局にとって、待機児童の解消が迫られている実情は理解できますが、その目的のために保育所に13時間保育を押し付けることは、目的と手段がかみあっていません。一方で保育所の新設を容易にし、他方で子どもの養育時間を確保できるように、事業主を指導することで労働時間と養育時間の両立をはかる方策こそ行政としてすべきものではないでしょうか。
どうして、保育行政は、このような隘路に入ってしまったのでしょうか。立法当時の児童福祉法の理想は、親とくに母親の社会進出を容易にすることが子どもの福祉に結びつくという単純な経済発展観にとらわれて、その行き着く先の事態を想定せずに、些細な専門主義の殻に閉じこもったきらいがあります。保育所での子どもの保育によって、子どもを保護する母親等に生活(労働)の時間的余裕を与えれば、あとはうまくいくという考えだけでは、子どもをめぐる問題は解決しないことまで想定しなかったのです。1948年(昭和23年)の最低基準がそのまま維持されたり、古き解釈通知が、今も行政指導の根拠になっていることからも分かるように、保育行政は、時代の変化や条約を含めた法規範の進展を無視して、古き観念に固執して正しい保育のあり方とは矛盾することを行政目的として押し通そうとしているように思われます。制度の転換があらゆる分野で迫られている折、子どもの権利条約に基づいた見直しがどうしても必要と痛感するところです。
子どもが権利の主体として認識され、親がその権利保障としての養育責任を負い、これを支援する国や自治体のサービスが提供されていく、という構造を見れば、保育所は子どもを一方的にあずかる場所ではなく、親とともに子どもの最善の利益を実現していく地域の拠点という生き生きとしたイメージがわいてきます。私たちの、「地域」についての思い出は、自然環境の中で幼友達と遊んだものが主なものですが、これに加えて、地域の親たちとの接触・交流によって歴史や文化についての触れ合いがあればもっと地域に対する思いは深まるでしょう。地域の子育て能力の活性化は、行政任せの子育てではなく、親が積極的に行政サービスを活用しながら子育てをしていくことで、地域の歴史や文化の継承や創造を通じて子どもの生きる力を発揮させる展望を開くのではないかと思います。(中略)
このように、共励保育園の相談事例に現れた問題を通じてみえる現在の保育行政のあり方は、根本的な転換が迫られているものと考えざるをえません。


保育園案内
共励の保育
保育園の食事
保育研究室
保育小論集
子育て広場
都の福祉改革ステップ2に異議申し立てます!